2009年11月07日

小足の徳島青春日記(第123回)

電機メーカのコマーシャル (つづき7) 
  
1960年代、つまりわれわれの学生時代、日本にもコンピュータ(電子計算機)がデビューして、本格的な開発競争の時代に突入していた。 
エレクトロニクスの総合メーカーと称する日本電気(株)の電子計算機、NEC−2203システムに関するCMが1960年の新聞に掲載された。洗濯機やテレビのような民生品でもないコンピュータ、そのCMは前代未聞であった。この話題を始めるにあたり、歴史的に最初のコンピュータとされるENIAC についてふれておきたい。 
 
■ 「97367の500乗の計算」 コンピュータ時代の開幕 (1946年2月15日) 
半藤一利の『昭和史残日録、戦後編』(ちくま文庫、P41)からの引用である。―― (アメリカ)政府や軍部の高官、報道関係者200人が見守るなかで、「97367の500乗」という計算を、いまENIAC がやってのけようというのである。この計算を人間がするとなれば、「100人の専門家が一年はかかる」という。 
1946年2月15日、米国フィラデルフィアのペンシルベニア大学ムーア校での、世界最初のコンピュータの実験のときのことである。全長30m、重さ30tという巨大なものである。このどでかい計算機をつくったのは、モークリーとエッカートの二人。その費用は486804ドル。
『タイムズ』は「人間なら一年以上かかるむつかしい計算を電子計算機はたた2時間で解いた」と報じた。 
        * 
ENIAC とは、Electronic Numerical Integrator and Computer の頭文字をとって合成した略名であるが、モークリー (John W. Mauchly) と エッカート (John P. Eckert) らによって作られた電子式の計算器で、 「最初のコンピュータ」 とされている。 
(特定目的の計算をする機械や電子計算機は、すでにいくつか存在していたようだが、世に知られていなかった。) 
資料を参照して、どんな代物であったかを記しておく。―― プログラムは、人手で配線して行うワイヤード・プログラム方式と呼ばれるものであった。10進法を採用し、符号付き10桁の演算が可能だった。電子素子に真空管を18000個ほど用いていた。演算能力は、毎秒5000回の加算、14回の乗算。記憶能力は、20個の変数と300個の定数。大容量の外部記憶装置は備えていなかった。 
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■ 100人の専門家で一年はかかるという計算
97367の500乗の計算とは、 
97367×97367×97367×・・・×97367 (×9736を500回)  
乗数97367のかけ算を500回することである。この計算が、「100人の専門家で一年はかかる」というのである。それをENIACは2時間でやってしまうというから、1946年当時は革命的なできごとであったとおもう。 
ところが現在では、パソコンでできる。たとえば応用数学ソフトMathematica を用いると、べき乗の演算子「^」を使って、「97367^500」と書いて実行させばよい。しごく簡単なことで、たちまち答えがでてくる。パソコン様々である。正解のリストは割愛するが、2494桁の数値となる。(一行64桁表示で40行、A4用紙1ページ分を占める。)有効桁10桁でよいとすると、1.6065510341×10^2494となる。(この計算ならば、高級電卓ででもできるかもしれない。) 
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100人の専門家で一年はかかるという計算!」。すばらしいたとえ話ではあるが、その信ぴょう性ははどんなもんだろうか。 
 私はおもった。100人の専門家でどのように手分けして計算するのだろうか。一人で一年もあればできるのではないか。実用上は2494桁の数値を必要としないだろう。ENIACは、符号付き10桁の演算が可能だったというから、有効桁10桁でよいとすれば、一人で一月もあればできるのではないか。その根拠である。――  
前回の計算値(有効桁10桁)×97367=今回の計算値(有効桁10桁)の計算(筆算)を500回繰り返せばよいということである。一ヶ月を実質25日×10時間とみなすと、一日当たり20回、つまり30分に1回できればよいということになる。私の実力でも可能である。もっと速くできるだろう。(5分以内で1回はできるだろう。) 
『タイムズ』は「人間なら一年以上かかる計算をENIACはたた2時間で解いた」と報じた、とある。2時間と1年(=8760時間)とをくらべると、5000倍くらい速いということになるが、もし上述したように、筆算で200時間でできるとすれば、100倍くらいということになる。 
        * 
結論として、私的な評価になるが、真空管18000個というのは、記憶の基本単位ビットに換算すると、9000ビット。約1.1Kバイト。何とちっぽけな容量だろう。たいした計算はできないはずである。それにしても、何とばかでかい図体であろうか。よくぞつくったものだ。さすがはアメリカ。歴史上、最初で最後の真空管式のコンピュータの最高傑作なのだ。 
 ENIACの真空管式の電子計算機では、実用性はほとんどなかった、ということではないか。新規技術であるトランジスタ素子の応用によって、コンピュータの実用性、商業化が拓かれた、ということである。上述した計算をやらすなら、2時間でなく、1秒以下でできるのではないか。 
(私は、ENIACをけなしているのではない。たとえ話が適切でないことを指摘するとともに、電子技術の革新によって、次々と高速・高性能化したコンピュータがつくり出されて、在来のコンピュータは陳腐化して、見向きもされなくなるのが早まっているということを言いたいわけで、この激烈な競争は現在も続いていて、われわれには、最初のコンピュータとされるENIACのことをレビューする興味も余裕もないのである。) 
 
■余録: ENIACを開発した二人の人物のうちのエッカート氏は、1965年に阪大・工学部に来て講演をしている。もちろん私も聴講した。そのときのメモは残っていないが、そのときもらった彼の経歴 (biograpy) を紹介したコピィーを添付しておく。 
さらに付け加えれば、阪大工・応用物理系のJ研究室には、未完成の真空管式のコンピュータがそのまま残されていた。1950年に、ENIAC型の追試実験を目的として,真空管を用いた4桁の10進演算装置を試作した。その後、真空管を用いた2進方式の計算機の開発に着手したのであったが、電子産業界の技術革新と開発のスピードは速くて、たちまち真空管方式は陳腐化して、やむなく開発は中止された。(今は、歴史的記念物として、吹田キャンパスに展示されている。) 
コンピュータの性能はスピードの勝負。その開発競争も、やはりスピードの勝負。大学の(限られた予算での)開発スピードでは、太刀打ちできないという教訓を残した。 (つづく) 

ENIAC


posted by kikai39 at 15:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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